1
/
5

Staff Stories悩んだときこそ、好奇心を大切に。変化を楽しみ続けるデザイナーのこれまでとこれから。

こんにちは、デザイナーの芳武です。A.C.O.に入社しあっという間に1年以上が経ちました。気がつけば年齢も27歳、月日が経つのは本当に早いですね。自分の中で、特にこの5年間では、大きな変化が続き、その度に自問自答を繰り返してきました。

今回はそんなこれまでの自分を振り返りつつ、自己紹介したいと思います。

一人遊びがきっかけで、ものづくりが好きになった

僕は小さい頃から、とにかく一人遊びをする子供でした。特にハマっていたのはLEGOやプラレールなどの、組み立てる系の遊びです。説明書通りに作ることにはあんまり興味がなく、オリジナルのキャラクターや乗り物を作ることにこだわっていました。 小学生くらいからは、マンガを描くことにもハマり始めます。これは今に繋がる、大きな転機となりました。最初はただの一人遊びの延長だったのですが、登場するキャラクターが増えるにつれて、いろいろな設定を追加するようになり、ちゃんと作ろうという気分になったんです。作るからには人にも見せるようになりました。そうすると表現したいことが増えるので、いろいろな描き方を試してみたり、難しい言い回しを使うために辞書をひいたりと、模索していくようになりました。

多分このときに初めて、「一人遊び」ではなく、「制作物」という意識が芽生えたと思います。小さなプライドを持ちながら書き続けていると絵も見違えるほど上手くなり、周りからも「すごい」「面白い」「もっと描いて」とちやほやされるので喜んでいました。ちょっと呆れていた親も「マンガ家になるんか…?」と言ってくれたのは嬉しかったですね。そうした経験の中でモノを作る、表現することに対しての熱意が育まれたのかもしれません。学校の文化祭などのイベントでも、制作したり表現したりする役割を買って出る機会が多くなっていました。

そのうち、周りからもいわゆる“美術ができる人”と認識されるようになったのですが、正直なところ、進路も美術系にするとは考えていませんでした。とはいえ、絵を描くことが大好きで、自分の強みでもあるという納得感はありました。縁もあって画塾に通うことになり、本格的に美術の勉強をし、静岡文化芸術大学のデザイン学部に進学することにしました。

いろいろな自分と出会えた大学時代

大学ではインダストリアルデザインを学んでいました。車などのモビリティのデザインや、金属や木材の加工といったプロダクトの勉強に加えて、色彩論やパッケージデザイン等のグラフィックの勉強もしました。

思い出に残っているのは、ゼミでおこなった公共物のデザイン課題です。若年層向けに銀行をリブランディングするというものでしたが、思い出すのも恥ずかしいくらいの大失敗で、「あっ自分、全然デザインできないんだな」とハッキリ自覚させられたのを今でも覚えています。

失敗の理由は制作のためのリサーチができていなかったことでした。この課題からは、それまでの「前提が用意された課題」とは違い、「誰の・何のためにデザインするのか」というところから根気よくリサーチを行って、ユーザーやステークホルダーをとことん知ることが必要でした。仕事でもそういった泥臭いパートが肝になるのですが、このときの自分はそれができず、逃げてばかりだったと思います。結局、別の形で再チャレンジし、時間をかけてユーザーインタビューや現場調査、ヒアリングなどのリサーチを行ったことで、ようやく人に見せれるアウトプットになりました。

できなかったこともたくさんあり、悔しさが残りましたが、自分のダメな殻を打ち破れた実感もあり、今はこの失敗があってよかったと心から思っています。


制作におけるリサーチ、若年層向けの銀行店舗案

そしてこの頃から、本格的に体験のデザインに興味を持ち、多くの人に使ってもらえるサービスをつくりたいと考えるようになりました。AppleやFacebook、Airbnbなどのウェブサービスとアツい時期を共に過ごしてきたこともあり、影響を受けていたと思います。当時はスティーブ・ジョブズの映画やインタビュー映像に勇気をもらい、起業したいという熱にも駆られていました。

そのため、漠然とアメリカ西海岸への興味が蓄積されていき、「現地にいきたい」という想いが強くなっていきました。大学4年生になり、就職活動が始まるタイミングでしたが、「社会人になったら行きづらくなる、今しかない」と、サンフランシスコへ語学留学することに決めました。

留学生活を通して「やっちゃえ精神」が身についた

半ば勢いで決めたので当初はかなり不安でしたが、留学した経験は自分にとってとても良い経験になりました。

それまでの自分は頭でっかちで、なかなか行動に移せないことが多かったのですが、「もう来てしまったのに、いちいち考えててどうする」と、かなり積極的になれたと思います。

文化的にも、アメリカではそうした少し強気な姿勢の方が受け入れてもらえることは想像していたので、いったん“頭でっかちな自分”は横に置いておいて、「その瞬間その場所を全力で生きる」をモットーに生活していました。

ナイトクラブのような慣れない場所にも足を運び、朝ふらふらになって帰ってくるようなことも経験しました。お酒の席だと英語もスラスラ出てくるので、意外と大事な経験だったんだな〜と思ったことを今でも覚えています。

そうして積極的にコミュニケーションを取る中で実感したことは、綺麗な文法や言い回しよりも、「何を言いたいのか」が重要ということでした。自分の言いたいことは何か、と考える中で己の経験の少なさもよく分かり、今のうちにもっといろいろやっちゃおうと、なんでもトライするようになりました。

期間としては8ヶ月でしたが、最終的には「なんでもできる気がする!」と、いい意味でバカになっていました。自分ってこんな風になれるんだと、自信につながったことは本当によかったと思います。

純粋な好奇心を信じて、かけがえのない経験を得た

帰国後、卒業制作を「食肉を考えるためのデザイン」というテーマで制作しました。きっかけは留学中に見た「Cowspiracy」というドキュメンタリーなのですが、あまりにも衝撃を受け、頭から離れなくなってしまったんです。内容は「自分たちが当たり前のものとして認識している食肉文化が、実はさまざまな問題をはらんでおり、持続可能な世界に向けてどうにかしないといけない」と警鐘を鳴らすようなものでした。環境問題や倫理面など、多くの面で解決の難しい問題を抱える、いわゆる「厄介な問題(Wicked Problem)」と呼ばれるテーマです。

とはいえ、それらをどういう形でデザインすればいいのか、ひたすら悩みました。

そんな中、できそうなことをがむしゃらに模索していると「培養肉」という先端技術によって人工的に作られる肉の存在を知りました。前述したような問題を解決しうる革命的な技術なのですが、まだまだ知名度が低いというところにデザインの余地があると考え、最終的にインフォグラフィックやイラスト、模型などを用いて、問題提起のためのインスタレーションを作りました。



インフォグラフィックによる説明、制作した培養器の模型

AXISギャラリーでの展示

この制作をきっかけに、僕の進む道は大きく変わったと思います。友人たちが就職する中、不安はありましたが、培養肉をはじめとした先端技術に対する好奇心を大切にしようという決心があり、大学卒業後も創作活動を続けることにしました。

卒業制作から取り組み始めた「スペキュラティブデザイン」というアプローチに対して、自分の答えを出せていなかったこともあり、実践を通して社会と繋がっていこうという気持ちで、以前から交流のあった有志団体『Shojinmeat Project』でデザイナーとして活動しはじめました。

社会に出て実感した、ものづくりの本当の面白さ

活動内容としては、先端技術が可能にする世界の姿をデザインの表現方法を用いて描き出し、それを叩き台に、未来の社会や自分たちの生活について積極的に考える機会を作るというものです。『Shojinmeat Project』は、民意によって科学技術の発展を期待する「オープンサイエンス」の視点で活動していたため、誰でも参加可能で、個々人がそれぞれのフィールドで自由にプロジェクトを展開でき、自分の活動とも相性が良かったのではと思います。

また、気概のある人々がジャンルにとらわれずに自由な雰囲気でプロジェクトに参加する様子は、自分の憧れていた世界観そのものでした。バイオ研究者にはじまり、法律家、倫理学者、主婦、高校生といった世代職種を問わないメンバーと共に活動することは、なかなかない経験ですよね。

そうした中で、コミックマーケットやMakerFairTokyoなどのイベントへの出展、未来思考ワークショップの企画・実施などを経験しながら、「もの・こと」をゼロから作っていく喜びやダイナミズムを実感できたことは本当に幸せで、やってよかったと心の底から思っています。

ワークショップの様子、制作したZINE「Neutral」

ただ、同時にデザイナーとしては「まだまだ力不足だな」という感覚がありました。社会人としても未熟でしたし、何よりビジネス的な視点を知らずに未来を主張すること自体に無理があると感じていたのです。

幸いなことに人の縁にも恵まれ、他にも成長のチャンスはたくさんあったのですが、最終的には、デザインのプロ組織に就職したいという気持ちが強かったので、就職活動を始めることにしました。

テクノロジーが好きだからこそ、人間をもっと知りたい

就活の軸を見つけることは簡単ではなかったのですが、「”未来志向”なモノづくりからは一度離れたい」という思いがありました。これは、活動をしていくうちに、より良い未来のためには「マクロな視点から社会全体を先導する力」と、「ミクロな視点から個々人が望みを満たし、ありたい姿を考えていく力」の両方が必要だという結論に至ったからです。

そんな思いから、デザイナーになるなら、サービスやプロダクトの設計に上流から携わり、人々の“今”を豊かにする体験を作れるところに入りたいと考えていました。そんなタイミングでA.C.O.にジョインできたことは、とても嬉しかったです。

デザイナーとして自走するために

これは昔からやりたかったことですが、サービスのデザインを通して、多くの人の日常にポジティブな声を増やしていきたいと思っています。一人一人がスマートフォンを駆使し、多様なサービスを簡単に生活に取り入れられる今、人とサービスの接点であるインターフェースの良し悪しは生活のクオリティに直結しますよね。テクノロジーが発展する中でインターフェースの形がどのように変化していくかということは、ずっとウォッチしていく必要があると思います。

まずは、UIデザイナーとして、自分がデザインしたもので自分自身や周りの身近な人々の生活が向上していく様子をこの目で見てみたいです。実は、最近携わっていたプロジェクトがまさに多くの人に使われているサービスのデザインでした。今使っているアプリ体験からどう変わっていくのか、ワクワクしながらリリースを待っています。

UIをつくっている様子

デザインをするうえでは「人間にとって使いやすいものか」という視点で考えるようにしています。視認性やタップのしやすさなどの物理的な使いやすさはもちろん、情報構造やマイクロコピーが理解しやすいかといった点を、ユーザーが使用している様子も想像しながら作るようにしています。

自分自身、サービスのインターフェースを通してイライラさせられることも多々ありますが、そのような「考えきれていないもの」に時間や体力を奪われることがイヤなので、使う言葉一つ一つのわかりやすさなどにも気を配った、認知負荷のかからないデザインを目指しています。

さいごに

今後は、ものづくりの根本的なところである、「なぜ作るのか」というレベルから携わっていけるようになりたいです。自分が「いい」と思ったものを作って使ってもらいたい、ブランディングも通して広く認知してもらいたい、という野心が、ふつふつと湧いています。そのためにはビジネスパーソンとして、デザイナーとして、人としての3つの軸を成長させる必要があるでしょう。大変なことではありますが、達成するイメージを持って、変化を恐れず前進し続けようと思います。


by Hisashi Yoshitake

静岡文化芸術大学デザイン学部卒業。社会課題と先端技術への関心から、科学系の有志団体に所属。テクノロジーの可能性や面白さを伝えるための制作・展示やワークショップ等の活動を経て、A.C.O.に入社。

View articles

株式会社A.C.O.'s job postings
15 Likes
15 Likes

Weekly ranking

Show other rankings
If this story triggered your interest, go ahead and visit them to learn more