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お金へのコンプレックスが田舎の高校生を駆り立てたー学生起業、大手企業時代を経て実現したアクシス創業【代表インタビューVol.1】

アクシス社代表、末永雄大への連続インタビュー企画。第1回目となる今回は、学生時代に遡り、その後、紆余曲折を経て創業に至るまでの経緯について伺いました。

学生起業から始まり、リクルート・サイバーエージェントでの活躍、2度目の起業。そしてアクシス創業。一見、華々しいキャリア変遷の様に見えますが、その裏には起業への強い意志とそれを裏付ける泥臭さがありました。

ー改めて末永さんのご経歴についてお伺いできればと思います!

現在、38歳です。港町や観光地として有名な北海道小樽市で生まれ育ちました。実家が祖父の代から宝石時計の小売店を経営していましたが、実際は倒産寸前の零細企業でした。

「親は経営者なのに貧乏な家庭」で、物心ついた頃から物欲はあまりないもののお金に対するコンプレックスを抱えていました。そこで「お金持ちになるには医者か弁護士しかない。」と考え、「文系だし東京の有名な大学に入れば弁護士になれるんじゃないか?」と。短絡的な発想ですが、こうした経緯で青山学院大学法学部に入学しました。

ー大学時代はどう過ごされていたのでしょうか?

3つくらいアルバイトを掛け持ちしていましたね。親の反対を押し切って上京したので、奨学金も満額で借りお金がなく、生活費を稼がなければならなかったんです。さらに弁護士になるにはダブルスクールに通わないと厳しいことが分かり…。当然、生活をしながらダブルスクールに通うなんて金銭的に難しいわけです。とにかく何でもいいからなんとかお金を稼ごうと考えました。

ー具体的にどんなことをされていたんですか?

最初は複数のアルバイトをやっていたのですが効率が悪いなと。

大学の生協で作成した名刺の裏側に”人材派遣業・イベント企画運営”などと書いて、とにかく社会人が集まる場に1人で参加したり、飛び込み営業をしまくりました。キャンペーンスタッフの派遣やイベント運営・フリーペーパーの広告営業の代行などのお仕事をいただきながら、お金稼ぎのためには何でもやりましたね。

その後、友人と学生団体を立ち上げ、その活動で出会った同じ北海道出身の友人と意気投合。彼らと一緒に大学生に特化したSNSの立ち上げ(学生起業)をすることになりました。当時、日本では初めてグリーとミクシィが上陸、アメリカでFacebookとLinkedInが同時期に出てきたばかりでネット業界大手の経営幹部の人からも「SNSは絶対にビジネスにならない」と言われた時代でした。

そんな中で「このまま大学中退して起業していくぞ」と意気込んでいましたが、徐々にこのままやっていてもグロースは難しい、と行き詰まるようになりまして。留年までしてのめり込んでいたのですが、自分の実力不足を感じるようになりました。

ーそこでどのような行動に移られたのでしょうか?

転機はリクルートの営業密着インターンです。当初、インターンには、自社のSNSを活用した新卒採用支援事業の為にリクナビの資料を潜入捜査してこようと、スパイ的な目的で参加したのですが(笑)、結果的にはリクナビ事業部配属でなく住宅情報(SUUMO)の事業で。そこでの人との出会いで大きく変わりまして。

当時、お恥ずかしいのですが、本当に世間知らずで、大企業の社員を歯車だと馬鹿にしていたのですが「優秀で人間力の溢れる人が多いな。」と驚き、考えを改め、ここでちゃんと修行しようと思ったんです。

そこで学生起業の代表に頭を下げ、「申し訳ないが新卒でリクルートに入社します。」と。その時点で一度目の留年時にはリクルートとリクルートエージェントの両方に内定をもらいリクルートのIMO/インターネットマーケティング局に承諾していたのですが、情けない事に二度目の留年も決まり、改めてリクルートエージェントに頭を下げ、無事二回目の内定をいただき(笑)入れてもらったんです。

リクルートさんには、本当にご迷惑をおかけしました(汗)

ーリクルート時代について教えてください!

東京と京都(&滋賀)で人材紹介の法人営業に携わりました。2年9か月で5回ほど4半期MVP等複数表彰を獲得。また、リーマンショックで求人が枯渇していた中で、「新規開拓王」の表彰もいただきました。二度の留年で自信喪失していたところから一定自信を取り戻しつつはあったのですが、元々採用面接の際に「3年でトップセールスになって起業する。」と役員や人事に宣言していたのですが、正直、売れれば売れるほど自信がなくなりました。

ーそんなに高い実績を出されたにも関わらず、自信を失ったのはなぜなのでしょう?

確かに社会人としての自信はつきましたが、起業する自信がなかったんです。売れれば売れるほど「リクルートの10万人のデータベースがあって、売れない方が逆におかしい。」と思うように。また、法人営業でお客様として多くの業界の経営者と仕事をする中で、後発で起業するなら、彼らに負けない何かが必要だと危機感を強めていました。

このまま起業してもうまくいかないから、「後発でも強みを活かせるものってなんだろう?」と考えました。そこで4、50代の辣腕の経営者でも知見のない人が多そうな、WEBマーケティングのノウハウを身につけ差別化しようと思ったんですね。これが、次の転職先であるサイバーエージェントを選択した経緯です。

ー末永さんは、サイバーエージェント時代を経て起業されているとのことで、ここで起業に踏み出すきっかけがあったのでは?と想像します。ここでのご経験について教えてください。

サイバーエージェントでは、アカウントプランナーとして企業向けにWEBマーケティング支援をしていました。今度はリクルート(SUUMO)がクライアントになりました。リクルート(SUUMO)は当時「住宅情報」から「SUUMO」に屋号を変えたタイミングで、日本一のネット広告予算を持っていました。こうした背景から、担当しているだけでMVPを取ってしまうぐらいでしたね。

ただ、その分激務でした。ただでさえコミットメントの強い組織でしたが、当時は朝8時半~深夜2時頃まで働く日々。(※10年以上前なので今はそんな事はないと思いますが)

それもだらだら仕事しているのではなく、常時パニック状態でした。

ー深夜2時…!すさまじい生活ですね…。

それが続き、気付かないうちに過労性のうつ状態になってしまって。結果、休職せざるを得ない状況になり「そもそも3年で起業しようと思っていたけど、これからどうしようか。」と。そんな時に仲の良いリクルートの内定者同期から起業を誘われました。

ー再び起業のお誘いがあったんですね。

最初は「今度起業する時は一人でやるし、自分がトップじゃないとやらない。」と断りました。一度目に学生起業をした時、結果的に事業を離れ就職したじゃないですか。そのことで裏切りというか背徳感が強く残っており、今度は代表として1人で起業して辞められない形でやろうと決めていたからです。

ただ、「であれば2トップで共同代表であれば良いじゃん!」と創業の提案を何度も受けるうちに、「このまま続けるよりかはそういう形でやってもよいかな」と思い、リクルートの内定者同期で3人で共同創業しました。

初めはキャッシュを生み出すためにも、紹介業をやっていました。当時家賃9万円のアパートに3人で共同生活をしながら、24時間365日顔を合わせる中、共同代表にありがちですが方向性の違いを感じて、1年3ヶ月程で僕が退任して会社を辞める事になったのです。

急遽1人になってしまい、すぐに新しい住まいを借りなければならないですが、それまで月20万円の給与で貯蓄もなかったので、退任した会社から150万円の借金をして。収入の見込みもないので、一瞬、会社員に戻ろうとも思いましたが、このまま起業にしないのも悔しいのでそのまま起業しました。

ーなんと…!そんな厳しい状況だったんですね。その当時、末永さんはどんなことを感じながら日々を送っていたのでしょうか。

正直悔しい気持ちもありましたが、結果的に当初から目標としていた1人で起業する事は実現できたので、これを良い機会に前向きにやっていこうと。

とはいえ、生活もあったので生きていくのに必死でした。たまたまリクルート時代の上司が人材系のベンチャー企業で事業部長をしていたので、週1~2日だけ出社して紹介業のグロースを手伝って当面の生活費は工面できました。

また、借金を返しつつ資本金を貯めるために、元いた会社でアルバイトとして人材紹介業をで売上をあげて、成果報酬をもらっていました。結果、半年で借金を返済、そのうち500万円の資本金で今のアクシスを作りました。

これが創業の経緯です。

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