「その場所で働く意義は何か?」地方拠点で成果を生み出すワークスタイル|PR Table
東京に本社を置く、株式会社ベーシック。多くの社員は東京勤務ですが、実は山形県と宮崎県に、それぞれ地方拠点を設置しています。Webマーケティング事業の開発拠点である山形と、メディア事業におけるコンテンツ制作拠点である宮崎――。ふたつの拠点が誕生した背景には、ベーシックのカルチャーが色濃く反映されています。
https://www.pr-table.com/basicinc/stories/631
こんにちは。
株式会社ベーシック開発部の長谷川博貴(28)です。
サテライトオフィスの山形ラボで働いている社会人5年目のエンジニアです。
ベーシックには2015年2月9日に入社しました。妻の誕生日に入社しましたので日付も覚えております。
エンジニアとして、CTOを筆頭に、息を吸うようにプログラミングをするプログラミング大好きな方々と一緒に働いておりますが、僕はプログラミングはそこまで好きではありません。
それではなぜエンジニアとして働いているのか。
僕は山形で生まれ、大学院を卒業するまで山形におりました。ラグビーが大好きで、学生としてラグビーを続けたいがために大学院進学した普通の田舎学生でした。
親には「公務員になりなさい」と幼い頃から言われ続けておりました。
周りの学生たちも地方の学生よろしく公務員や大きいメーカーやらなんやらに行く人がほとんどでした。
周りが就職活動を始める少し前に、ふと思い立ってワークスアプリケーションズの説明会に行ったのですが、そのとき代表の牧野さんのお話やパワーに衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。
その後、ベンチャー業界の最先端を走る起業家たちの価値観や物の考え方に触れ、自分も自らの手で世の中を少しでもより良くしたいと思うようになりました。
普通の田舎学生ラガーマンから、
「イノベーションを起こしたい!」と本気で思う意識高い系学生に生まれ変わったのでした。
そして、これからのビジネスは科学と技術を抜きには考えられないし、できるなら自分で考えたものを自分の手で作れれば最高だと思い、エンジニアとなることを決めました。
▼学生最後の試合(ボール蹴ろうとしているのが僕)
そうして新卒で入社した会社は、渋谷の大きな会社のグループのスタートアップ(社員5名)
新卒第一号としての入社でした。
この会社は徹底的な結果至上主義で、エンジニアでも評価基準は売上のみでした。
入社3ヶ月目の初めての査定で、売上に貢献していないという理由で給料が下がりました。
目標未達時の詰めも激しく、あまりの激しさに入社3ヶ月後にはストライキが起こったのですが、
新卒3ヶ月でストライキに参加することになったのは今では良い思い出です。
そして何より開発環境が劣悪でした。
・仮想環境なし
・バージョン管理なし
・GitHubなし
・フレームワークなし
・コードレビューなし
・デプロイツールなし
・テストコードなし
いまでは本当に信じられないのですが、こんな感じの中で開発を行っておりました。
デプロイするときは声を掛け合って先祖返りしないようにとか本気でやっておりました。
会社的には圧倒的に「売上アップ >>>> 開発環境改善」でリソースもないため、この環境が改善されることはありませんでした。
それでも自分の目標や夢に少しでも早く近づくために、仕事を通じて成長して実績を作ろうと全力を尽くしました。
実力はなかったですが、体力だけはあったので毎日一番最初にきて一番最後まで働きました。
家でも仕事。休日も当然のように出社して仕事をしていました。
しかし、そんな非効率な環境での低い生産性を、長時間働くことでカバーするような日々を2年ほど繰り返していく中で次第に疲弊していきました。とにかくハードに働いていたことは覚えておりますが、何をしていたかは正直あまり記憶がないです。
それでも仕事の量に対して、徐々に売上もついてくるようになってきておりました。
僕は「東京で3年働いたら山形に帰る」と約束して彼女(現妻)を山形に残し東京に出てきていました。
その約束もあっての必死のハードワークでした。
しかし、レガシーすぎる開発環境や、ひたすら売上という結果だけをみる文化に対する不満や疑問も大きくなっていき、心のどこかで今の自分がやっていることは本質ではないのでは、という想いが巡りはじめていました。
そんな中で、彼女のお母さんが他界されてしまったのです。
悲しむ彼女を目の当たりにして、
僕は一体なにをやっているんだ。
家族と一緒に平和に幸せに暮らすことがなによりも尊く価値があることじゃないか。
と痛感しました。
そして、結婚と、山形へ帰ることを決意するのでした。
生まれて初めての転職活動は、少々難航しました。
というのも山形にエンジニアの雇用がないのです。Web不毛の地です。
エンジニアとして前のめりに働くのであれば、お隣の仙台で働くのも仕方ないかなと思ったりもしたのですが、あるときベーシック山形ラボの存在を知り、ベーシック山形ラボが参加するという山形Uターン希望者向けの転職イベントに参加しました。
そこで人事部長の新田さんと、山形ラボ発足人のノブさん、そして最近出戻りしたばっかりの川鍋さんに出会いました。
▼そのときの社内facebookの投稿
出会ってから入社までは、お互いのニーズが合致した感じでトントン拍子でした。
そうして無事に、Web不毛の地である山形で素晴らしい開発文化の中で通勤ストレス皆無の自然に囲まれて、そして家族と一緒に暮らす生活が始まりました。
ベーシック開発部のHRT(謙虚、尊敬、信頼)をはじめとした素晴らしい開発文化は、別記事でたくさん語られていますが、開発部に限らずベーシックは会社として本質を追い求める文化が浸透していて、あらゆる問題に対する意識が高くスキルも高い方ばかりなのですが、転職直後は前職との格差の大きさに正直はじめは良い意味で戸惑いました。
ともあれ自分が働きたい場所で、エンジニアとしてはもちろん、一人のビジネスマンとして前のめりに働ける環境を手に入れたのでした。
入社してから今までずっとリモートで働いております。東京へは四半期に一度ある全体会議のときに行きますが、それ以外は山形ラボに出社してリモートで仕事をしております。
山形ラボ発足の経緯や発足人ノブさんの話などはこちらの記事をご覧ください。
僕はリモートだからこそ、より会社や事業に対して目に見える結果を出すことが重要だと考えています。
それは、単純にリモートだと物理的に距離があって成果が見えにくいというのもありますが、何よりもリモートで自分が働く意味や価値が会社にとってもある状態でなければならないという想いがあるからです。
入社後はじめての全体会議のときに、社長の秋山さんとトイレでサイドバイサイドになったのですが、その際に秋山さんに僕に期待していることを聞いてみました。「山形ラボの人を増やしてほしい」と言われました。
そこで、エンジニアではありましたが地方におけるエンジニア採用という難しい採用活動に取り組み、優秀なエンジニア2名を採用することができました。現在のベーシック山形ラボは、山形県で一番Web技術に長けた集団だと思います。
この活動が評価され、四半期MVPや入社1年以内の社員のなかで活躍したメンバーが受賞する年間新人賞を受賞することができました。
一方でエンジニアとしては、事業売却などもあり部署を転々としていたのですが、現在も所属するベーシック最大の売上を持つFC事業部では、徹底的に数字改善に取り組み売上貢献を行い、再び四半期MVPもいただきました。結果的にチームの年間達成にも貢献し年間チームMVPも獲得することができました。
そして気づけば今はそのFC事業部のエンジニアリーダーとなっております。
そんな僕ですが、控えめにいっても技術力は低いです。優秀な新卒エンジニア達よりも明らかに低いです。転職直後はコードがまったく読めない上にインフラは何一つ理解できないポンコツでしたしクソコードも生み出しまくりました。
それでも表彰されたりと会社から評価されたのは、僕がエンジニアであっても、リモートであっても自分のコードや行動が会社や事業の成長に貢献することを考え抜き、結果を少なからず出したからだと思います。
エンジニアでもサービスの数字にこだわる。会社の成長を意識する。たとえエンジニアとして技術力が未熟であったとしても結果や成果にこだわってやり抜く。
決して、技術研鑽を疎かにしているわけではないです。そこはバランスです。僕は技術は手段だと捉えております。問題解決の手段としての技術。
実際、日々数字を見つつもギークなエンジニアに囲まれながら、良いコードや新しい技術に触れる機会には事欠かかないので、技術トレンドを追いつつサービス成長に繋ぐことができています。
一方、私生活では昨年の11月に一人目の子供である娘が生まれました。
子供が生まれてからは、お風呂に入れるために強制的に毎日定時で帰っております。
それが効率的に仕事を終わらせることや、限られた時間でより成果を出すためにはどうするかということを考えるキッカケとなり、より本質を追い求めることが多くなりました。
なにより家族と一緒に平和に幸せに暮らせております。
HRT(謙虚、尊敬、信頼)の文化は家庭にも活かせます。家庭では更に「愛情」もありますので最強です。
プロポーズのようになってしまいましたが、こんな僕でも結果が出せたのはベーシックにおける心理的安全性が大きいです。各々が持つ主体性や働き方を尊重しつつ、それぞれのやりがいを引き出しながらスキルを伸ばす文化が根付いています。
僕はベーシックという会社に入社し、心から良かったと思っております。
仕事を通じて成長し、家族との幸せな日々も手に入れました。
ただちょっとエンジニアが足りておりません。
いろいろ募集しているので一緒に幸せになりましょう!