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【イメジンの人紹介】代表・松木の怒り遍歴から探る「300年理念ができるまで」

イメジンの人インタビュー、今回は代表取締役の松木友範さんです。小学校に上がる前から会社経営をイメージしていたという松木さん。そんな松木さんが幼少期から世の中に対して持っていた違和感が、実は将来の会社起業とイメジンの300年理念に結びついているのです。まずは、子ども時代の最初の怒りの記憶から聞いてみました。

幼少期は本質をはき違える大人に反発

初めて何かに対して怒りを感じた記憶として残っているのは、幼稚園頃のこと。僕は2歳~5歳までアメリカに住んでいたんですけど、6歳で日本に帰って幼稚園に入ったとき、「道路」と英語の「ロード」の区別が頭の中でついていませんでした。それで道のことを「ロード」と言っていたら、幼稚園の先生か誰かに「ロードじゃないよ、道路だよ」って指摘されたんです。それにすごいイラっとしたんですよ(笑)。いや、間違ってない、ロードであっていると。意味の本質は、道路と同じなわけですから。

小学校に入ってからも、家の外で疑問を感じる出来事はたくさんありました。覚えていることのひとつが、小1くらいのピアノのレッスンでの出来事。先生がピアノで弾く音を「これは何の音?」と僕に聞いたんです。でも、そのときはドレミという音の名前を習っていなかった。この音がどういう音かは知っているけれど、名前を知らないので「わかりません」と答えました。すると「この子は絶対音感がない」と言われて、すごい腹が立ったんです。表象としてのドとかレを知らなかっただけで、絶対音感がないとは言い切れないわけですから。当時は、今のように理屈を言葉で言えなかったんですけど、「おかしい」と強く思いました。アメリカでは、運動も勉強も楽しむことが第一と言われてきたから、日本の学校で、決められたことを全員にやらせるのも変だと思ってました。プールの授業で25メートルを泳げと言われて、足をつかずに3回泳げたら「よし」と言われる。それって何のため?と思っていました。

社会の歪みは市場原理で解決できると解釈

アメリカにいた頃から、お金や経営に興味がある子どもでした。父親が持っていたノートパソコンで、鉄道経営のシミュレーションゲームをやっていたんです。そのゲームでは資金の調達や株の売買、会社の買収もできた。貨幣や紙幣も好きでよく触っていたし、日本に帰ってきてからも日経新聞の株式の情報をひたすら見ていたりして、お金が増えたり、動いたりすることに面白さを感じていたんです。将来の夢としても、お店や会社をやって、お金を稼ぐ仕事がしたいとぼんやりイメージしていました。

成長していく中でも感じていたのは、社会や学校の理不尽さでした。学校で、授業で1時間座って休憩して、また1時間座ってという繰り返しに何の意味があるんだろうと思っていました。周りになじめずいじめにあったこともありました。株式やマーケットについて知れば知るほど、学校でいじめや意味のない授業があるのも、市場原理にさらされていないからそういう歪みが出てるんじゃないかと解釈していました。

具体的に経営がやりたいと思い始めたのは中学校の頃です。アダム・スミスの「見えざる手」の概念に出会い、ひとりひとりが経済面で利己的に動くことで社会全体が良くなるという理論を知りました。「お金を稼ごうとすることは、社会のためにもなるんだ。それなら大いにやろう」と、明確に会社を作ろうと考えたわけです。

高校は、開成高校に進学。公立とは違うユニークな校風で、高校生活は充実していました。経済について熱く語る変な子どもでしたから、小中学校のときはあまり友達はいなかったのですが、高校では起業に興味を持つ友達もできました。起業をしようとホームページを立ち上げたりもしたのですが、いいアイデアが浮かばないまま、大学に進学。東京大学の経済学部に進学してから、高校の友達と起業しました。ウェブサービスとウェブサイトを立ち上げて500人のユーザー登録があったのですが、そこから広げていくことができず、結局友達とケンカ別れしてしまって、2年ほどで断念。大学時代は、いろいろな意味で心が折れていました。経済学部に入ったのに話が合う人がなかなかいないし、友達もできない。会社もうまくいかなくてちょっとした挫折を味わって、陰鬱としていました。卒業後は、日本政策投資銀行に入社して、2年間は東京の経営企画部で仕事をして、2年は広島で営業を担当。経営企画の仕事も面白かったし、広島の民間企業をまわって話を聞く経験は、起業にも役立ちました。

ふたりで300万円稼ぐことを目標に起業

広島での勤務のあと、2年、社費でアメリカにMBA留学に行かせてもらいました。その後、太田新二郎さんという元COOとイメジンを設立。当時は理念と呼べるものはまだなく、「ふたりで月に300万円稼げるようになろう」という目標を立てて起業しました。子どもの頃から会社をやりたいと思っていたのは、経営に興味があったことに加えて、自分が社会になじめないという感覚があったから。社会になじめない人間がどうやって生き残っていけばいいか考えたら、自分で商売をやってお金を稼ぐしかないと思ったんです。この理屈を自分たちに適応して、ひとりあたり月に150万円あったら絶対に幸せに暮らせるはずだ、だからその金額を稼ごうというのが最初のミッションでした。

ただ、半年ぐらいやってみると、なかなか2人で300万円稼ぐのが難しいとわかりました。社会になじめないから商売をやって稼ごうと思ったのに、悲しいことに、社会性がないと会社がうまくいかないことに初めて気付いたわけです。もっと世の中に開けた形にしないと、経営はできない。自分たちの事業に社会性を持たせようと、長い間感じてきた社会への怒りと、今世の中で起きていることへの問題意識を理念として書き出したんです。それが300年理念です。自分たちがなぜ事業をしているのかという理由をつきつめて、みんなのためにと転じたら、あの内容になったわけです。

社会にフィットしただけで偉ぶっている人がいる

世の中からあぶれてしまっている「弱い人」は自分たち以外にもたくさんいるということを、これまでの経験から知っていました。僕の場合は性格が原因で生きづらさを感じてきましたけど、別の理由で社会に馴染めない人もたくさんいるし、その結果、引きこもりになってしまう人もいる。お子さんがいることを理由に仕事ができない人もそうです。だから、300年理念として言葉にできたのは起業して半年ですが、生きづらい人がどうやったら生き残れるのかということは、子どもの頃から自分にとってのテーマでした。最低限ご飯を食べられるだけではなくて、幸せに暮らすには快適に暮らせる家も必要だし、やりたいことにはお金が必要です。そのために、求めれば誰でも商売ができるような世の中にしたいんです。

現実問題、苦しんでいる人がいる一方で、たまたま社会にフィットできたというだけで、優秀だという顔をして偉ぶっている人もいます。しかも、社会にフィットできない人が苦しんでいるという現状に気付いていない。たまたま今の世の中がその人に適した環境だったからそうなっているだけなのに、世の中は悪くない、うまくなじめない人に問題があるんだと思っていることに怒りを感じます。そして、そんな人が力を持って、世の中を牛耳っているんです。300年理念は、彼らへの反発心も込められています。

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