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安定より成長!自らキャリアを切り拓き、経験と実績を得て気づいた「人」の可能性

宮本健太のキャリアのスタートは三菱電機。安定を求めて就職し、活躍する一方で、30年後の姿が想像できる程の安定を変化のなさに感じ、危機感を抱いた。そこから宮本のスイッチが入る。第2新卒として転職し、以後、もまれながらキャリアを切り拓く。経営大学院でも学び、いつしかビジネスにインパクトを与えるのは「人」であると考えるようになった。

同じ仕事を続け、一定の年数で役職につく未来像。究極の安定は、やがて猛烈な危機感へ

三菱電機へは、大学の研究室の推薦で入社を決めた。そもそも研究室も、推薦で大手企業に入れることを念頭に選択。当時の宮本の安定志向は筋金入りだった。「当時はみんなが使っている携帯電話の開発に携われたら、社会に貢献できるとも思いました」。と、苦笑まじりに同社に好感を持った理由を話す宮本。しかし内定中に、同社は携帯電話から撤退し、入社後の配属はプラント建設の部門となった。

仕事は、発電所や浄水場など大型産業設備の電気系統の計画、設計、工事のマネジメントだ。慣れない現場仕事もあるなかで、宮本は活躍。2年目には早々に表彰も受けた。だが、逆にそれがやりきった感と将来への不安をもたらした。「他は違いますが、この部門に関して言えば、年齢が上がっても担当する業務はそうは変わりません。熟練はするでしょうが、30年間ここにいて成長するイメージは持てませんでした。このままでいいのか、と思いました」。同じ仕事をし、10年目、20年目と一定の年数で役職につく約束された未来像。安定、安泰を求めていたものの、宮本には、それを上回る強烈な成長意欲があった。危機感を抱いた宮本は、自分の手で成長を勝ち取るべく、再スタートを切った。社会人3年目、第2新卒としてアクセンチュア系列のITコンサルティング会社、アバナードへ。プログラマーからスタートし、在籍5年の間にSE、PM、ITコンサルタントとキャリアを広げた。

宮本は、「失敗しては這い上がった記憶ばかり」と5年間を振り返る。「定型的な仕事が中心だった前職とは違い、プロジェクトごとに目的もメンバーも違う。毎回何かしら失敗しました。でも成長している実感はありました。実績を上げれば職位も上がり、環境としてはずっとよかった」。いわゆる転職市場での価値も上がっていた。宮本は二度目の転職をし、ITコンサルタントとして、日本IBMに入社した。2015年10月のことだ。

経営大学院へ。ITの限界と人の可能性を知り、人を中心としたビジネスを志向

アクセンチュアとの協業が多かった前職で、宮本は、やはり本体側に行くべきだと実感し、日本IBMを転職先に選んだ。キャリアチェンジを図った最初の転職時から、宮本は着実にキャリアを切り拓き、ステップアップしてきた。2度目の転職で、商流でいうと最上流に到達。すると自分に足りないものも見えてきた。

「案件化前の、コンサルティングフェーズのさらに前段階から携わるようになり、仕事が途端に抽象的になりました」。宮本の率直な感想だ。より経営寄りの視点が必要になり、またプロジェクトには、PMのほかPMO、アーキテクトといった役割でも参画するようになった。経営について学び、より広い視野を得ることが必要と感じた宮本は、仕事の傍ら経営大学院に通い始めた。

成長意欲を持て余していた日々は、既に遠かった。学べば学ぶほど、宮本の志向は次のステップへと向かう。学びを通じて感じたのは、ITの限界と人の可能性だった。「日本IBMに来て、プロジェクトの幅や自分の役割は広がったけれども、ITはITだなと感じました。ビジネスを分析し、課題解決のためのシステムを提案、構築するけれど、入れたら終わり。本当は成果が出るまで伴走すべきなのですが、IT産業の構造上、人件費の高い会社がそれをやるのは難しいです。でも、もしお客様の会社に我々と同じ思いを持つ社員がいれば、手を放した後、その方がやり遂げ、成果を出すことができる。結局、最後は人がキーなのです」。

その実感と、大学院での学びがリンクした。「企業にインパクトを出すのは人。人を動かすことで、企業を成長させることができると感じ、人を中心としたビジネスに関心を持ちました」。そう思った宮本は、『Wantedly』で検索し、for Startupsを知った。「スタートアップ企業と密につきあい、中長期的に支援する点に魅力を感じました。支援した人の活躍もわかり、自分の支援がどのような成果を生んだかもわかる。それは、自分自身も成長実感を得やすいと思いました」。早速、自らfor Startupsにコンタクトを取り、入社に至った。

ヒューマンキャピタリストとして活躍。「人がキーである」という思いを実践する支援も

社会貢献への志向も、新卒時から変わらずに持ち続けていた。当時こそ若気の至りで「社会貢献=みんなが使うもの」と思ったが、経験を積み、視野も大きく広がるなかで、日本全体を何とかしたいと考えるようになっていた。「日本の競争力がどんどん落ちていく。そこにフォーカスして取り組んでいるのもfor Startupsだけだと思いました」(宮本)。

信念を持って入社し、ヒューマンキャピタリストとなった宮本は、以来、ハイペースで実績を上げている。どれも全力で取り組んでいるため、甲乙はつけ難いが、あえて印象に残っている事例を挙げるならば、クラウドファンディング会社のVPoE(技術部門のマネジメント責任者)を決めたケースだ。「その会社には、入社前から注目していました。やりたいことに取り組む個人や組織を応援する仕組みを提供する会社で、その会社を支援することで、誰もがやりたいことを実現できる社会に近づける。社会が明るくなると思ったのです」と宮本。

もちろん、ビジネス経験が豊富な宮本だけに、盲目的に好きなわけではない。その会社の組織課題もわかっていた。そんな折に、金融サービスへの造詣が深く、エンジニア組織のマネジメント経験もある人材に出会った。「しかも人物的にも、その会社の雰囲気に合い、会社の中にいるイメージが自然に浮かぶ方でした。その会社の良さ、可能性、組織課題も話した上で、お勧めしました」。宮本の直感通り、会社側も「まさにこの人を待っていた」、「ぜひ採用したい」という反応だった。無事に支援が叶い、その人物は現在、大活躍中だ。

「その会社も、その方が入っていなかったら、今の成長はなかったと言ってくれています」(宮本)。スタートアップにおいては、たった一人の加入が、その会社の将来を大きく変え得る。入社前に感じた「人がキーである」という信念を、実践に移せた好事例だ。自分の選んだ道、やっていることを改めて肯定できる支援だった。

スタートアップと大企業の連携支援にも取組中。子どもたちに誇れる日本を目指して

現在、宮本は、タレントエージェンシー業務と並行して、スタートアップと大企業の連携支援にも取り組んでいる。日本を強くするには、スタートアップを支援するだけでは不十分であり、片や成熟産業側も、このままではいずれ立ち行かなくなるという両面の危機感からだ。「日本全体として産業の再構築が必要です。大企業側も、気づき始めている会社もありますが、まだ大きな動きになっていません。それを我々がもっと発信し、気づかせなければいけないと思っています」。

既に社内にプロジェクトが発足しており、宮本は志願して加わった。「『やるなら50:50はダメ。100対100で』と言われました」と苦笑する。本業であるタレントエージェンシー業務で存分の成果を出しつつ、プラスアルファの取り組みとしてやる。でも、やるからにはこちらも真剣に―ということだ。そう言われ、ますます宮本の意欲は高まっている。

宮本の「日本の凋落を食い止めたい」という思いは、かなり強い。それは、自分の子ども世代のためだ。宮本にはまだ幼い子どもがいる。「30年後、この子らは安定した暮らしができるだろうか、と考えるのです。今のままではダメ。平均的な生活ができたとしても、平均のレベルがだいぶ落ち込んでしまうでしょう」。この右肩下がりの流れを変えなければという使命感が、宮本を突き動かす。

若い組織のfor Startupsでは、30代半ばで、日本の大企業も実力主義の外資企業も知っている宮本は、かなり人生経験を積んでいるほうだ。宮本はfor Startupsについて、「大企業は失敗を恐れるけども、ここは違います。若い人が恐れずにチャレンジする姿を、時に冷や冷やしながら眺めています。でも思い切り前のめりになれるいい文化だと思います」と話す。そんな彼らに刺激を受けつつ、自ら切り拓いてきたキャリアを、まだまだ自分の信じる方向に伸ばしていくつもりだ。口調は静かに、内なる思いは熱く、宮本は進化し続ける。

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