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アシスタントから始まり、営業、海外赴任、そして広報に。石の塊である星をつなぐと星座になるように、経験をつないでキャリアを創ってきた

PR担当としてフォースタートアップス(以下、フォースタ)という会社を、スタートアップという世界を世に知らせ、広げるべく奮闘している友行仁美(Hitomi Tomoyuki)。フォースタにとって、なくてはならない人物だ。そんな彼女は、実は凄腕の営業ウーマンで手腕を買われて海外合弁会社に赴任した経験も持つ。あるとき「広報・PR」という仕事を知り、志願。以後、この領域でキャリアを自ら切り拓いてきた。

普通に営業アシスタントをするつもりで入社…...のはずが営業マネージャーに海外赴任も!

タイの合弁会社メンバーからプレゼントされた写真立てより


フォースタートアップス(以下、フォースタ)の存在を、その意義やミッションを広くかつ正しく世に伝えるために欠かせない存在である友行仁美。そのキャリアの道のりはフォースタに似つかわしい「Be a Talent」なものだ。渋谷がビットバレーと呼ばれたITベンチャーブームの頃に、そのど真ん中で無我夢中の日々を過ごし、その後、「広報・PR」として自覚的にキャリアを切り拓いてきた。

キャリアの第一章はサイバーエージェント。まだ上場前に、営業アシスタントとして入社した。入社当時は、30名もいないベンチャー企業。インターネットのこともよく知らず、アシスタント業務をするつもりだったが、その後、ベンチャーらしい荒波をいくつも乗り越え、当時、子会社の立ち上げ期だったシーエー・モバイル(現CAM)に移り、営業を担当することに。

「営業はまったくやったことがなかったのですが、意外に、これがすごくはまりました。数字を達成することが本当に楽しくて。当時はスマホではなく、ガラケー。画面だってびっくりするほど小さくて。そこに広告を出しませんか?と大手代理店やクライアントに提案する。今だったらスマホ広告は当たり前だけど、そういう時代ではなかったので、ある意味普及活動でした。

残業なんて概念はなく、とにかく数字達成のために無我夢中でしたね。でも辛いという感覚は一切なく、楽しみながらやっていました。メンバー同士で競い合いながら、深夜まで提案プランを作り、そのあと飲みに行き、仕事の話で盛り上がる。土日も自然と集まって遊んでいました。会社大好きでしたね(笑)」と、友行は当時を振り返る。

個人で達成すると次はチームを持った。すると今度はチームで達成することが楽しくて、ますます活躍した。「当時私も若かったので、チームメンバーと衝突することもありましたが、メンバーの成長と、チーム達成が本当に嬉しくて。1人では絶対に達成できないことも、チームだったらできる!チームで働く意味、マネージメントの大切さはそこで学びました」。

その後、同社はアジアで携帯電話広告事業を横展開すべく、タイのバンコクで合弁会社を立ち上げることになり、友行は今までの営業成果を評価され、立ち上げメンバーとして赴任した。

「バンコクの土地勘もないし英語も話せないのに、一週間で、自分で家を探せと会社に言われて......」と笑う。海外に一人で放り出され、日本では想像もつかない苦労も多かったが、そのぶん学びも多かった。タイ人スタッフに囲まれ、タイ人の明るさと程よい適当さに翻弄されつつ、今まで以上に柔軟さや変化に対しての適応力を身につけることができた。残念ながら事業は1年で撤退となり、日本に戻るのだが、現地のメンバーとキャリアについて話した内容が心に残った。

「向こうで『どうやったらあなたのようなキャリアになれるのか』と聞かれました。タイでは、管理職に女性が多く、キャリア意識が高い。私が所属していた会社の社長も小さい子供をもつママでした。ただ日本から赴任しているのは、どの企業も男性ばかり。私が珍しく見えたのかもしれません。若い女性が、なぜ選ばれてタイに来たのかと。私はそれで初めて、キャリアって何だろうと考えました。仕事が楽しくて、目の前の売上達成や会社の利益追求の事しか見ていなかったので、『自分のキャリア』なんて考えたことがなかったんです」。

本屋で手にした雑誌で知った広報という仕事。志願して着任。転職してさらに経験を積む

アニヴェルセル時代の当時社長と大好きな広報メンバー


帰国にあたり、会社からはどの部署に戻るか希望を聞かれた。ひとまず保留し、キャリアについて考え始めた友行は、本屋でたまたま『日経ウーマン』を手に取った。

「そこに、女性が長く働くのに適した職種ランキング的な記事があって、1位が広報だったんです。なるほど、広報かと。そういえば会社に広報の機能はありませんでした。そこで後日、当時の社長に、広報を立ち上げたいと提案しました。私なら会社の歴史もメンバーもモバイル業界についても誰よりも知っているし、何より会社のことが大好きだからできるのではないかと思って」。

希望は通り、広報を立ち上げることになった。だが、やり方は知らないし、周りに聞く人もいない。友行は営業のアポ取りのように、メディアに片っ端から電話をするなどとにかく動いてみた。グループ会社の広報が同志で集まる勉強会に通い、ノウハウなども学んだ。「そのうち、だんだん感覚がつかめてきました。広報って、正解はなく、ゴールもない。世の中の時流を考慮し、自社やサービスの見せ方を考え、切り拓くところがおもしろくて、次第に広報の魅力に取り付かれました。でも扱っているものがWebサービスやアプリなので、数カ月でマネタイズできないと容赦無く撤退します。一生懸命PRしたサービスがなくなることは、ちょっと寂しかったですね」。

その寂しさもあり、友行は、本気で広報・PRをやるなら別の商材、領域に挑戦してもいいのではと考えた。数年間、広報・PRに取り組むなかで実績も出し、その頃には、友行のキャリアは広報・PRのスペシャリストとして世に通用するものになっていた。

2013年、友行は大手の結婚式場運営&記念日プロデュース会社に転職した。広報マネージャーとしての採用だった。従来は、結婚情報誌に広告を出す程度の活動しかしていなかった同社のPRを、友行は大胆に改革した。「年々、婚姻件数が減少しているのに、結婚を決めたカップルだけにターゲットを絞ってPRしていても、拡がらないと考えました。恋愛中のカップルや、恋愛したい人たちにもターゲットを拡げなければいけない」。そう考えた友行は、認知を上げるために調査データを定期的にリリースし、マーケティングチームと協力し、認知向上を定量的に図り数値化することで、上層部へのPR意識も高めた。意識が高まる事で、PRへの予算も拡大し、チームも拡大することができた。

また、もっと多くの人に式場を知ってもらうために、ドラマやCMなどのロケ等への積極的な場所貸しも行い、これは新たな売上にもなった。

「平日の空いている隙間にロケ地として場所貸しを行うことは、店舗の売上に貢献できました。ただ一番忘れてはいけないのは、本業の邪魔をしてはいけないということ。ブランドの観点から出演者だけではなく、ドラマの内容までチェックするなど、まずは受ける基準やフローを作成し進めました。

また意識したのは、SNS連携。ドラマを見ない人でも好きな女優のインスタやTwitterはフォローしています。SNS連携することで、より多くの人へのタッチポイントを増やすことができました。投稿を見た方から”結婚はまだ先だけど、そういうタイミングがきたら、ここで絶対に挙げたいです”なんてコメントをいただくことも。”あこがれの醸成”につながりました。」

インナーブランディングにも注力した。友行は言う。「当時全国14店舗あり1000名のスタッフが、調理、フロアサービス、営業、プロデューサーなどと多くの職種で働いていました。行っている業務はそれぞれ違うけど、おふたりのためにいい結婚式をプロデュースしたい、最高の1日にするためにお手伝いしたいという気持ちは全スタッフ一致していました。徹底した顧客主義で、本社メンバーでも、毎日挨拶訓練や拍手の練習をするんです。PRとして、目には見えないソフト面の質が高いところも会社の魅力だと感じました。

そこで、WEB社内報を立ち上げることに。「各店舗ごとの一体感はありましたが、店舗や職種を越えて、全スタッフに『素敵な会社で、価値あるサービスを私たちは提供している』と自信を持ってもらうことが、ますますいいサービス、より強い組織作りにつながると思いました」。社内外に積極的に情報を発信。持てる力を存分に発揮し、納得の結果を残した。

結婚も転職も人生における重要な決断!目に見えない価値を伝えることに意義を感じてフォースタートアップスへ


友行が再び転職を考えたのは、2度目の育休中のことだ。1人目の復帰時は、バタバタしながらも仕事は順調。「子どもがいるからと何かをあきらめる必要はない」と肩の力が抜けた。2人目のときは、達成感に加え後進のメンバーが育っている安心感もあり、軽い気持ちで「転職もアリだな」と思った。そこで、本当にアクションを起こしたところ、フォースタと出会った。そして、参画することになる。

「軽い気持ちで転職について相談したら、ヒューマンキャピタリストに『ウチに合いそう』と言われました。ただHPを見ても何をやっている会社なのか理解できず、正直ピンときませんでした…」。友行のフォースタへの第一印象だ。実際に面接で会ってみると、それぞれが日本の将来や自分の使命感を語る。ますまわからなくなり混乱したが、取締役の言葉からPRの機能を必要としていることはわかった。参画した理由はこうだ。

「PRを大事に考えていることが好印象でしたし、転職について伝えることも、今までの自分の経験を活かせると思いました。それまで手がけていたのは『結婚』。人生における大事な決断で、結婚式はその集大成の1日です。手に取れるモノとは違う、目に見えない価値を伝えてきました。転職も同じ。人生における重要な決断で、目には見えないもの。その価値を伝えるという点が共通していると思ったのです」。

第2子の保育園入園を待ってフォースタへ。ただし、最初は苦労した。会社を理解する上での言語化されたものなどはもちろんない。ブランド担当は既にいて、自分は何をすべきかと戸惑った。「成長産業って何だ?日本を変えるってどういうことだ?ヒューマンキャピタリストとは?―という感じで混乱してました。最初の1ヶ月はわからないことを全部聞いていましたが、そうそういつまでも聞いているわけにもいかないし、半年くらいは本当に毎日辛かったです」と友行。

だが、成功体験は強い。前々職と前職で、手探りで始めて最後はしっかり成果を出した経験を活かした。時にはカウンセリングに同席させてもらうなど、みんなの仕事ぶりを見てまわり、自分自身も戸惑った難しい言葉を紐解き、積極的に外部にわかりやすく発信し始めた。

メンバーが『セブンルール』に出演!いつかは出したい!と入社当時から狙っていた目標を実現。自分らしく挑戦を続ける

2020年11月10日放送「セブンルール」の番組1シーン


先頃、友行は密かに狙っていた目標を実現した。フジテレビ系列のドキュメンタリー番組『セブンルール』に、フォースタートアップスのヒューマンキャピタリスト、中田莉沙が出演したことだ。友行は言う。「7つのルールを通して、仕事や人生をキレイな部分だけではなく、裏側まで映し出すドキュメント番組。入社当時から、まだ世の中には知られていないヒューマンキャピタリストの仕事をうまく伝えられるのは『セブンルール』だと思っていて、『いつか出したい』とよく口に出して言っていました」。

IT・インターネット部門でヘッドハンター・オブ・ザ・イヤーを獲得するなど、25歳にして日本を代表するヘッドハンターに成長した中田の活躍が、番組スタッフの目に止まった。友行が地道に行ってきた情報発信も奏功したのだろう。ドキュメント番組のため、撮影期間は約一カ月間。その期間中、フォースタートアップスという会社を、ヒューマンキャピタリストの仕事を、中田莉沙というタレントがいることを、スタートアップの魅力を広く知ってもらうために、わかりやすい伝え方を真剣に考え、制作スタッフに想いを伝えた。

「放送の反響は、想像以上でした。HPへのアクセスは、放送前と比較して50倍。SNSから嬉しいコメントも沢山いただき、今までは接点がなかったメディアからも中田さんの取材依頼が来るようになりました。中でも一番嬉しかったのは、10月の放送をたまたま見て、ヒューマンキャピタリストという職業を知り、弊社に応募してくれた方が実際に今月入社したんです。ヒューマンキャピタリストの魅力が伝わり、仲間が増えたことが本当に嬉しいです!」。

入社当初は苦労したが、今は友行らしさ全開で活躍中だ。これからもたくさんの仲間が増えるだろう。自身の経験も踏まえて伝えたいことがある。

「少し前に、読んだ本に素敵なフレーズがありました。星座は、石ころの塊である星を結んで星座と呼んでいるだけだ、というのです。それを読んで私は、経験は石で、それをつなげることでキャリアになるのだと思いました。つなげられるかどうかは自分次第。私も前々職から前職につながって、それが今、またつながりました。ただし、それはすぐにつながるものではなく、私も今、ようやくつながってきた実感が持てるようになりました。これから入社する人も、最初は辛いかもしれませんが、数カ月ではわからないことなので逃げないでほしいです」。

今後は、スタートアップの魅力を今までとは違う手法で発信していくつもりだ。「スタートアップ理解がまだ世の中では低く、認知されていない現状です。スタートアップで働くことは、リスクが高くハードルが高いと思われがち。でも実際に転職した人たちにインタビューすると、多くの人が充実していて、もっと早く行動すれば良かったと口を揃えていう。そういう等身大の声を世の中にもっと届けていき、スタートアップの魅力を広めていくことで、特別ではない、スタートアップがあたりまえの選択肢になる世の中にしていきたいです」。友行には、挑戦したいことがまだまだたくさんある。

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