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弱さを認めて挑戦する

こんにちは、HRの高須です。
来る2月1日に、弊社の社名が「株式会社HDE」から「HENNGE株式会社」に変わります。
「HENNGE」と書いて、「へんげ」と読みます。

「変化し続けるに挑戦する」と「挑戦し続ける、変化する為に」

「HENNGE」は「変化しつづけるに挑戦する」といっており、時代に食い気味で変化していくために「いろんな事にいっぱい挑戦し続けるべし」といっている。と思っています。

弱さを認める

1人の人間が、その一生をなるべく長生きしようとした時の生存戦略として、「安全な場所で極力動かずじっとしている」は、ありなのかもしれません。いつか死ぬその時をどう先延ばしにするかということです。

ですが終わりなき旅を生き抜こうとする企業という生き物にとって、その生存戦略が得策ではないことは明らかです。
明らかなのですが、その企業という生き物を構成するつぶつぶの細胞は、一人ひとりの従業員であり、一人ひとりの人間です。

そして人間の意思は、終わりなき旅を生き抜くには、あまりにも弱く儚い・・・。
僕たちは、それを認める所から始める必要があるのかもしれません。

企業という生き物の本能が、つぶつぶの細胞に向けて「HENNGEしつづけねば」という神経指令を出した時に、それぞれの細胞はそれにどう反応し、その結果、母体としての生き物に何が起こるのか。もしくは起こらないのか。それは制御可能なものなのか。

自分の中に確信めいたものがあるとしたらそれは、変化は生存の絶対条件なのだろう、という事と、弱く儚い私たちとって変化し続ける事は容易ではないはずだ、という事ぐらいです。

ですが、社名がHENNGEなのは変えようのない現実なのですから、毎朝出社してオフィスの看板を見る度に、名刺交換で社名を名乗る度に、子供からの「ねえなんのお仕事してるの?」という問いになんて返そうか考えている時に・・・「I am HENNGE」を意識することになるのかもしれません。

挑戦者とこぼれるコーヒー

さて、本能は「とにかく挑戦して失敗をつみ重ねるべし、うつべしうつべし!」と常に叫んでいるので、何かせねばと、左手で右目をこすってみたり、片足立ちでコーヒーでうがいしながら歌ってみたりする日々を送ることになるかもしれません。

しかしふと、コーヒーまみれになってしまった床を一緒に掃除してくれるチームを見て、果たして俺はこんなことをしていて良いのだろうか、と思う日もありそうです。
果たしてこれは良い挑戦なのだろうか?という疑念はしばしば起こりがちです。

もし自分が、「あなたがどう考えてもコーヒー床にぶちまけるだろうと思う挑戦を、嬉々として応援できますか?」と聞かれたら、「はいできます」と即答できる自信がありません。
それが多くの人の、特に無駄が嫌いな人の感覚ではないでしょうか。

でも実際の所それは、「大阪で生まれ、一般家庭で不自由なく育った成人男性(私)」が「こぼすやろ」と思っているに過ぎないというのも事実です。
自分に見えている世界を前提に、自分が想像できる範囲で、自分の経験則としてうまくいきそうな挑戦だけを応援するのであれば、それは生存戦略としては不十分なような気がしてきます。

その枠をはみ出た挑戦を応援する事にも価値がありそうです。

しかし、その挑戦の先に見えている世界をどれだけ説明されても、自分が腹落ちできないことだってあります。そこに挑戦者の直感要素が含まれてくると、もうロジックの話ではなくなってきます。そんな中で、盲目的に全ての挑戦を応援していたら、時間もお金も到底足りません。

自分が応援する挑戦は取捨選択しなければならなくなります。そこで個人的に大切にしたいのは「ひと」です。

結局の所、本当の意味で応援する対象としては「こと」よりも、「ひと」が占める比重の方が大きいのかもしれません。あとあるとしたら、自分の中の美学でしょうか。

その結果こぼれたコーヒーであれば、たぶん拭くのだ思います。

もしかすると床にこぼれたコーヒーを拭いている時に、あのお掃除ロボットがうまれたのかもしれません。

こんな会社ですが、もしよろしければ「話を聞きに行きたい」からご応募いただければ幸いです。

※ HENNGEの変は「変な会社」の変ではないと思うのですが、実際、変かもしれません。(じわじわ系)

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