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建築家・伊東豊雄さんからのメッセージ

東北食べる通信創刊イベントにも出席していただいた建築家の伊東豊雄さんから創刊号にいただいた寄稿です。本当に素晴らしい内容で、ぼくらはこのメッセージを心に刻んで活動しています。

「共に生きる」

-東北食べる通信の目指す社会-

2013年6月25日 伊東豊雄

 長渕剛が被災地で歌った「ひとつ」という歌が好きだ。

 悲しみはどこからやってきて

 悲しみはどこへ行くんだろう

 いくら考えてもわからないから

 僕は悲しみを抱きしめようと決めた

 ひとつになって

 ずっといっしょに共に生きる

 ひとつになって

 君と生きる 共に生きる

 3.11の後、被災各地に数万戸も建てられた仮設住宅地を訪れて怒りがこみ上げてきた。これは戦後の日本が追い求めてきた「近代」の最も貧しい風景だからだ。長渕剛の「ひとつ」とは対照的に、これは「ひとり(孤独)」を象徴する世界である。人と人をつなぐのではなく、人と人を分断する思想でつくられているからである。

 輝かしい自立する個を求めて地方から都会に出ていった人々の多くは、いまや夢を失い孤独な個と化してしまった。そんな孤独な個の生活を悲しみに打ちひしがれている被災地の人々にまで強要しようとするのか。

 「みんなの家」はそんな怒りを小さな希望に変えたいと願う気持から生まれた。どんなに小さくてもいいから、「ずっといっしょに共に生きる」ことのできる場所をつくりたいと思った。木の香りがして薪のストーブが燃える暖かい場所をつくりたいと思ったのだ。

 震災後2年が過ぎて、その小さな想いは少し変わった。心を暖めあう場所はいま、未来の夢を語り合う場へと成長しつつある。このことをはっきりと確信したのは、釜石の魚市場の近くに新しい「みんなの家」を考える過程で高橋博之さんに会ってからだ。

 高橋さんの文章を読み、高橋さんと直接話して感動した。彼と彼の仲間はNPO法人「東北開墾」を立ち上げ、高橋さんは編集長として「東北食べる通信」を発刊した。その素晴しさは、行き詰まった消費社会を地方から乗り越えようと試みる点にある。彼らは、これまで顔の見えなかった地方の農業や漁業の生産者を自立する個として育て、都会の自立した個としての消費者とネットで結ぼうと企てる。生産者と消費者の間に介在していた煩わしい組織を通さずに直に顔の見える個と個の関係として再構成しようと試みるのである。

 これまで私達は、先端的なもの、魅力的なものはすべて大都会にあり、地方は経済力もなく若者もいなくなるという歪んだ構図を容認してきた。しかしそうした大都市に魅力のすべてがある時代はいま終りに近づいているように感じられる。都会の大企業に所属する多くの若者は未来への夢と希望を失い、疲弊していると言う。

 「東北食べる通信」が始めようとしていることは、潜在していた東北の若いエネルギーを顕在化して、疲弊し、孤独な生活を味わっている都会の個を眠りから呼び醒まし、ともに生きようという企てである。この試みはきわめて具体的であると同時に論理的である。それは単に東北の復興などというレベルに止まらず、元気のない日本を再生する可能性を秘めている。都会の若者たちが地方へ移住したくなるような、そんなエネルギーを備えている。

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