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ジンギスカンの食べ歩きから始まった羊人生。東京で満たされた承認欲求

「好きこそ物の上手なれ」そもそもなぜ羊なのか。日本ではあまり一般的とはいえない「羊」を食材や皮革として扱うモチベーションはどこから生まれたのでしょう。関澤社長にインタビューしました。

羊SUNRISEを窓口に人生が広がっていく

-羊との関わりを通じて関澤さんが変わった部分はありますか

人生が全て変わりましたね。羊SUNRISEを窓口のようにして面白い話がどんどん動き出すようになりました。今はジンギスカン屋とアパレルを事業として展開していますが、ジンギスカン屋のお客様からビジネスにつながるような提案をもらえることもあります。

アパレルに関してはジンギスカン屋でアパレル事業の計画を雑談した時に、興味を持ってくれたお客さんが有名な革系のアパレルブランドのデザイナーさんだったりとか。あとは羊の脂が化粧品に使えることを化粧品会社に勤めるお客さんから教えてもらい、何かできないかとか。

羊SUNRISEに集まるお客さんも店をやってる僕たちも、羊に対するアンテナが敏感になっている。お互いが影響しあって取り組みが広がっていくような面白さがありますね。

ジンギスカン100店舗食べ歩いたサラリーマン時代

-そもそもなぜ羊だったんでしょう

僕は茨城の出身なんですけど、たまたま行った地元のジンギスカン屋で羊肉にはまりました。もともと匂いが強かったり個性的な味の食べ物が好きだったんです。ジビエなんかも好きだったので。

ところが通っていた店が半年くらいで潰れちゃって。地元でジンギスカンを食べられなくなっちゃたんで仕方なく…というのがきっかけなんですが、都内から北海道まで100店舗くらいジンギスカンを食べ歩きました。当時は地盤調査とか測量をする会社でサラリーマンをしていたので、完全に趣味の領域ですね。

そのうち自分でジンギスカン屋をやりたい欲が抑えられなくなったので、奥さんに「ジンギスカン屋の修行に行くからサラリーマンを辞める」って伝えたらOKが出ました。それで妻子を残して北海道の有名ジンギスカン屋に修行に来た。そこから東京でそのお店の新橋店の店長をやって、退職後羊SUNRISEをオープンしました。

僕が今あるのは羊の導きです。

東京で褒められて満たされた承認欲求

-茨城、北海道、東京と経験してきて、東京で店を開いた決め手はなんですか

もともとは地元の茨城でやりたいなと思っていたんです。でも、国産羊でやろうと考えた時にどうしても提供価格が高価になるので、茨城だと集客の面で正直厳しいなと。それで、ある程度高額でも内容が良ければ戦える東京でやろうと決めました。

-東京でお店をやる中で感じることがあればお願いします

僕も店長の石川も茨城の田舎出身で、町の若者の9割がヤンキーという環境で育っているんです。そういう町なので学校の先生なんかも、「こいつらできない連中」的な扱いをしてくる。劣等感が育ちやすい環境だった。

でも東京で店を出すと褒められることが多くてギャップがありました。「すごく美味しかったよ」って褒めてくれた人の名刺を見たら超有名企業の会長だったとか、著名な人が支持してくれたりとか。地元であまり褒められたことがなかったので、東京に出て承認欲求が満たされた部分はありました。とにかくこれまで無いくらい褒められまくったんです。

東京は地方出身の人が集まっているので、ある意味フラットな環境です。地方出身同士頑張ろう的な雰囲気もありますし、いいものならば認めてもらえると思います。

熱量がある人一緒に働きましょう!

-最後に今年の羊SUNRISEのビジョンを教えてください

今年は外に打って出る年にしようかなと考えています。フードフェスだったりホテルと一緒にやるようなグルメイベントに出店し、国産羊自体の普及活動と羊SUNRISEならではの美味しいジンギスカンのファンを増やすことが目標です。

一緒に働く人に関しては熱量がある人と仕事をしたい。環境に慣れてしまうと新鮮さが失われて当初の熱がなくなってしまう人がいるので、自分で熱量をアップデートして主体的に物事に取り組む姿勢が欲しいですね。刺激的な職場であることは間違いないので、新しいことに挑戦したい人、好奇心旺盛な人は是非一度お話ししましょう!

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