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仕事か子育てか、だけじゃない。両立を諦めなかった事業開発担当のこれまでとこれから。

タクティブで実際に働くメンバーの「入社のキッカケ」や「働き方」を深堀りし、リアルな実態をお伝えする社員インタビュー企画第7弾!

今回はタクティブで事業開発を担う河又 未希さんへのインタビュー。中途として入社し、コーチとして現場の活躍を経て今に至るこれまでのキャリアや、出産と育児など多くの人が悩む人生のターニングポイントをどのように考え乗り越えてきたのかお話をお伺いしました。

卓球を始めたきっかけ

まず、卓球を始めたきっかけを教えてください。

父が大学まで卓球をしていた影響もあり、地元のスポーツセンターで父の指導のもと兄と一緒に練習を始めたのがきっかけです。小学校1年生ぐらいの時には学校が終わると家族で練習へ向かうのが日課で、なんだかんだで毎日3時間ぐらい練習をしていました。合わせてクラブにも通うようになったのが小学2年生の頃です。

しかし年齢を重ねるにつれ「周りの友達は遊んでいるのに、なんで私は毎日練習しなくちゃいけないんだろう」というモヤモヤが募っていきました。そしてその気持ちが中学2年生で爆発することとなります。

中学時代、どんな出来事があったのでしょうか?

中学は地元の学校に進学し卓球部にも入部しました。しかし周りは中学から卓球を始める人ばかりでレベル差があったため、籍は置いたものの折々の試合だけに出ているような状態でメインの練習場所はクラブ中心でした。

しかしそんな中、中学2年生の時にいよいよ卓球が嫌になりました。

思春期の真っ只中、練習に明け暮れる日々に加えてさまざまな感情が絡まり合い、最終的には自分ではどうしようもなくなってしまって・・・結果的に部活やクラブを含め、卓球と半年ほど距離をおきました。翌年に高校受験も控えていたので「ひとまず勉強に打ち込もう」と自分をなだめ、どうにか感情に整理をつけようと必死でした。

しかし不思議なもので、いざ卓球から離れてみると恋しさが湧き上がりました。当たり前に自分の周りにあったものから離れてみて、初めてその大切さに気づく。スポーツに限らずよくある話だとは思いますが、やっぱり当事者になってみないとわからないものだなと痛感しました。

勉強に集中しようと思っても頭の片隅で「卓球」への気持ちがチラつく半年を過ごし、もう一度卓球をやりたいと思い切って重い腰を上げました。自分の勝手で距離を置いていたクラブにも足を運んだ際、先生が温かく迎えてくれたことは本当に嬉しくて、内心すごくホッとしたのを覚えています。そして自分の気持ちが「もう一度、卓球と向き合いたい」と強く確信した瞬間でした。

今でも、感謝しきれないですね。

卓球との新しい距離感と、社会人への歩み

卓球へ復帰したおかげもあり、高校進学では有難いことに複数の学校からスポーツ推薦をいただきました。しかし中学2年時に直面した卓球と離れるほどの葛藤を経て、自分と卓球との新しい距離感を考えるようになり、いわゆる卓球一色の強豪校への進学に躊躇いが生まれました。卓球に近づきすぎるとまた自分の感情やペースが乱れてしまい、結果的に続かなくなるのではと思ったからです。

そんな中、推薦校の中に卓球と勉学のバランスが非常によくとれた後の母校である商業学校が目につきました。正直、以前は勉強と卓球どっちつかずの中途半端な学校だなと思っていたこともありました。しかし自分の視点が変わると、勉強と卓球を両立できるバランスが「すごくいいな」と感じるようになり進学を決めました。

実際に高校生活では程よい卓球と自分の関係やペースを保ちながら、楽しい高校生活を送ることができました。

そして学年が上がるにつれ、進路希望を考える時期が近づいていきました。ここでもやはり「卓球がしたい」という気持ちがあったので、地元の神奈川で卓球チームを持っている企業を探しました。しかし当時はなかなか受け入れ先がなく、どうしようかと悩んでいた時にクラブや高校の先生方に繋いでもらって前職の東信電気に採用が決まりました。

当時のチーム構成は男性が多く、女子が2名のみでまだ少なかったのでタイミングがカチッとハマり、高校を卒業すると同時に2005年から社会人として働き始めることとなりました。

当時の仕事内容や、タクティブに転職するまでの経緯を教えてください。

当時は同期も10名ほどいたのですが、高卒は私だけ。年齢も最年少ということもあって、すごく気負っていた記憶があります。ちゃんとやらなきゃ、頑張らなきゃ、と。

当時の仕事はデスクワークがメインで、営業の方が持って帰ってきた数字や経費を処理していました。なので月末が特に忙しかったです。午前9時から17時半までが定時で、18時以降から会社の設備で卓球の練習をすることができました。仕事とのバランスや体力を考えると毎日ハードに練習することは難しかったですが、1時間ほどグッと集中して練習し帰宅することが多かったです。

そして結婚を経て2013年に子供を授かりました。妊娠中はかなり体調を崩してしまった時期もあり、休業を取ったり入院もしました。当時は中々仕事ができない時期が続いて、もやもやした日々を過ごしました。そして無事に出産を終え、2014年の4月に職場に復帰しました。

復帰後はまず時短勤務にて職場に戻りました。ただ子供が3歳になるとフルタイムに戻る仕組みだったのですが、自宅からの通勤が片道1時間ぐらいかかっていたこともあり「仕事と家事の両立に耐えられるだろうか」と、少しずつ将来に不安を感じるように。とても居心地も良くやりやすい職場だったのでとても悩みましたが、長く働く環境を真剣に考えるようになって転職を視野に入れるようになりました。

タクティブへ転職、その経緯と今

どのようなきっかけで、タクティブへ転職されたのでしょうか?

実は当時、前職の元同僚がたまたま先にタクティブへ転職をしていました。彼女も出産から職場へ復帰しており、境遇もよく似ていたので話を聞きにいきました。そして最終的に、思い切って転職を決意。研修を経て店舗で実際にレッスンを実施するようになりました。

正直、最初は体力が追いつかずヘトヘトでした(笑)

接客はやりがいもあって面白いと感じていましたが、お客さんに喜んでもらいたい一心で全力でやりすぎてしまい、夜には燃え尽きてしまったこともしばしば。うまい力の加減を掴むまでは一苦労でしたが、自然と運動量も増え痩せて健康的になりました。

しかし当時はまだ子供も小さく、頻繁に熱を出すことが多かった。

熱を出してしまうと私が保育園に迎えにいかなければいけないので、当日のシフトに穴を空けるのは本当に心苦しい気持ちになりました。仕方ない面ではありますが、自分ではコントロールできない部分だからこそ本当に辛かったです。でもそんな時、若いスタッフが「本当に気にしなくて良いですよ!」と嫌な顔もせず温かくサポートをしてくれて、メンタル的にも本当に助けられました。

その後は徐々に子供の体調も安定するようになり、レッスンを続けましたが今度は私自身が腰を痛めてしまいました。そこで今度は受付、若手スタッフの育成、事務周りなど店長をサポートする内容に業務をシフトしていきました。

この頃に現代表取締役社長の駒井さんもタクティブへ入社され、新規事業の立ち上げに伴って直接お会いする機会がありました。その時の話し方や会議の進め方がすごく建設的かつスムーズで、IT業界とは全く縁のなかった自分にとっては「こんな人がいるんだ」という驚きを感じたことを覚えています。

その後、どのようなきっかけで今の事業開発へキャリアを進めることになったのでしょうか?

2018年に自由が丘店の店長不在の期間があり、代理としてお店を回していました。その過程でいま組織開発を担っている鈴木さんと店舗の方向性や現場の課題を相談するようになり、駒井さんとも面談の機会が増えて「もっと挑戦したい」と自分の意思を伝える機会がありました。その後、2019年に「新しい部署を立ち上げるので一緒にやってもらえないか」と新しいポジションへの誘いをもらい、タクティブ内の新サービスの立ち上げに関わることになりました。

これまで自分なりに育児も仕事も懸命に取り組んできた自負はありましたが、心のどこかで「両立って難しいのかな」と考えてしまう時もやはりありました。でも、この誘いを頂いた時に「子供がいてもキャリアを諦めなくて良いんだ」と思い直すことができて、本当に嬉しかったです。

当時は「月額Life」という新サービスを検討している時期で、事業責任者と一緒にプロジェクトマネジメントのサポートをしていました。スケジュールを引いたり在庫を管理したり、この領域は前職で経験を積んでいた部分でもあったので自分にとっても得意領域でした。

そんな中でさまざまな検証や準備を進めていましたが、中々リリース日が決まらない。そんな時に駒井さんに「いつ出しましょうか」と相談をしたんです。そうしたら「じゃあ、サービスのリリーススケジュール立てて欲しい」と新しい役割をもらい、実際にアドバイスをもらいながら本リリースまでのスケジュール進行を取り仕切りました。これまで経験したことなかったリードする立場に戸惑いながらも、関係者を集めてキックオフも開催しました。自信はなかったですが、ようやくサービスが出せると実感が湧いてすごく嬉しかったですね。

押し寄せるコロナの波を超え、次の挑戦へ。

ようやく月額サービスが出せることになり、会員も50名ほど獲得できた矢先にコロナウィルスが世間を席巻しました。今ほどウィルスの影響や感染リスクの実態がわかっておらず、ついに緊急事態宣言が発令されタクティブの店舗もお客様とスタッフの安全を考え一時休業をすることとなりました。

不安と悔しい気持ちが入り混じりましたが、これを機にタクティブの組織や事業構造を見直す動きが始まりました。その中で「卓球のマシンジムはどうか」というアイディアが駒井さんから上がり、それなら都内で検証をしませんかと私もアイディアを持ち寄って元の月額プランの構想を活かしつつも新たな新規事業の検討が始まりました。

さまざまな人にサポートに入ってもらい、アイディアの検証をするためにオンラインでお客様へのユーザーインタビューの導入と実践を行い、サービス内容を詰めていきました。自分自身でどんどん決める役割を担う機会が増え「河又さんは決めることが得意だよね」と言ってもらえた時、ようやく自分の中で小さな自信が芽生えたように思えました。

そしてついに会社全体で新しい市場への参入を決めた2020年、立川店でリリースした新サービス「ピンポンFIT」は実際に自分でも店舗で接客を行ったり、広報や集客なども兼務しながら運営と検証を行いました。

今はまた別店舗で新たな検証を進めており、一歩一歩ではありますが着実に理想に近づいていると感じています。本当に試行錯誤ではありますが、卓球という領域で事業を作る面白さを噛み締めていますし、どんどん新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。

子育てとキャリアを両立するコツと、未来の仲間へ

子供がいると、やはり働く上でさまざまな壁があります。もちろん家族にも協力してもらう部分もありますが、タクティブではスタッフやメンバーの温かいフォローがあり、さまざまな境遇の人でも自分らしく働ける環境があります。

またタクティブは接客から企画、開発までさまざまな経験を幅広く積むことができます。自分から声をあげれば挑戦の機会もあり、きちんと評価される仕組みがあるのでキャリアアップにもつながります。

もちろん、今でも子育てと仕事でそれぞれの波があります。そういう時は会社や周りにも率直に相談をし、できる限り自分のパフォーマンスを出せるやり方を模索しながら会社に貢献できる工夫を続けています。子供の送り迎えに影響がでないようにしつつ、その上で結果を出す。信頼してもらっている分、甘んじることなくきちんと成果で貢献していきたいと思っています。

これからも行動を通じて「仕事か子育てか」といった苦しい2択だけはないことを証明していきたいし、思い切り自分自身が楽しんでいきたいです。そして卓球業界を一緒に盛り上げ変えていく、そんな熱意を持っている方のご応募をお待ちしています。

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