造船所で溶接工をしていた僕が起業して"世界を代表するボーダレス企業"を目指すまで

はじめまして、代表の田中です(真ん中の人)。

下関の造船所で溶接工をして、アメリカへ大学留学をして、東京の事業会社で新規事業を何本か立ち上げ、その後起業して現在7期目です。

今日は田舎の工場で溶接をしていた私が起業をして「世界を代表するボーダレス企業」を目指すまでをお伝えできればと思います。

夢をなくした瞬間

小学校からプロ野球選手を目指し高校までずっと野球一筋だった私は高校卒業と同時に夢だったプロ野球選手になることを諦めました。一つ上の先輩は現在ヤクルトスワローズでプレーしており、彼のような選手をみて自分ではプロは難しいと思ったことが理由でした。

中学は少年野球、高校は野球部の寮生として年間350日野球に打ち込んだことで、高校を卒業すると同時に膨らんだ風船がはじけたように遊びました。当時は何の目標もなく、親友と一緒に地元の造船所に高卒で就職しました。

独立記念日、19歳10月10日

造船所に勤め毎日遊ぶ日々を送っていた私も1年経てば遊びに飽きてしまい、ふと目がさめると夢をなくした空虚感に襲われる毎日でした。造船所では意図的に仕事を遅らせ、残業代を稼がないと給与が上がらないという矛盾にも違和感を感じていました。頑張って仕事を終わらせると、残業代はなくなり昇給もほとんどないのです。

こんな生活はもういやだ、もう一度夢を見つけて何かに挑戦しよう。

そう決めて、地元の図書館に毎日のように通い始めました。決めていたことは、プロ野球選手のように期限のある夢ではなく、飽きずに一生追い続けられる夢を探すことでした。

野球部の感覚でいうと、一生甲子園を目指せ続けることができる目標です。

ある日たまたま手に取った本が私の人生を変えるきっかけをくれました。その本は「志高く」という井上篤夫さんが書いたソフトバンク孫正義社長の自伝でした。

それまで起業家という言葉すら知らずにいた私は、孫社長の圧倒的な実行力と実現力に打ちのめされたと同時に、そのかっこいい生き様に憧れを持ったことが経営者を志すきっかけになりました。また、起業なら一生飽きずに続けられると思ったんです。

その本を手にした日が19歳の10日10日でした。私はこの日を自分の独立記念日と決め、その日から経営者になるために進み始めました。10月10日は当社の設立日にもなっています。

アメリカへ留学

孫社長の本を読んだ後は、さまざまな経営者の自伝を読み漁りました。その中で多くの経営者が書いていたキーワードが3つありました。

それは、英語とITと営業力です。私にとってはまさに三種の神器でした。

先ずパソコンを購入し、英語をマスターするためにアメリカの大学留学を目指しました。サンフランシスコを選んだ理由は孫社長がサンフランシスコにあるバークレー大学を出ているので、私もそこで学ぼうと考えた単純な理由です。

サンフランシスコの語学学校で学んだ後に2年制の大学に入学しました。サンフランシスコを選んで本当によかったと感じた理由はシリコンバレーがあったことです。留学前はシリコンバレーのことも知りませんでした。笑 

あの街でスタートアップのエコシステムに少しでも触れることができた経験は自分の価値観を形成する上で色濃く影響を受けたと思います。

在学中には当社の社外取締役である玉置に出会ったことも運が良かったです。彼はゴルフダイジェスト・オンラインを上場させた後に、Satura Cakesというケーキ屋さんを約10店舗ほどベイエリアとハワイで運営していました。たまたま彼の本を読んでブログからメールアドレスを見つけラブレターを送り、ハワイにある彼の自宅に住み込みでインターンシップをさせて頂きました。

玉置からは、初めて起業家の考え方や生き方を学んだと思います。

アメリカの大学でショックだったことが一つあります。それは、日本は経済的に終わったという発言をする人がビジネスクラスに多かったことです。これからは中国とインドで日本は縮小し続けると。

ごもっともな意見ですが、それが悔しくて私は日本から世界を目指しメガベンチャーを創ろうと思い帰国しました。4年制大学へ進学しなかった理由は、当時の年齢がすでに25歳になっていたという点と、起業家に学歴は関係ないと考えたからです。

事業会社でフルコミッション営業からスタート

帰国後は、当時社員数13名の人材メディアを運営するリジョブという事業会社に就職をしました。その会社に就職した理由は社長の志が高いと感じたからです。事業を通じて人類を前進させるとよく言っているような方でした。(創業者は退任されています)

最初の8カ月は、西新宿にある本社勤務ではなく、代々木にあるニューステートメナーというアパートの一室に入り、フルコミッション営業を開始しました。

入社条件はフルコミ営業でご飯を食べられるようになること。右も左もわからない私は電話とファックスと主力事業の商材チラシだけを頂き一人ポツンとスタートを切りました。テレアポを毎日100件〜150件かけ続ける日々なのですが、運よく商品力が強かったので2ヶ月もすればアポも契約も取れるにようになりました。

アウトバウンド営業は確率論の世界なので、圧倒的な数の電話をかけることができれば数字がついてくることが解りました。考えすぎないことも非常に重要でした。相手の会社が小さいのか大きいのか、今も求人をしてるのか、前回断られたのかなど、あえて考えずにガンガン電話をかけるマインドがあれば成果が出るのだと思います。

晴れて入社をすることができ、人材事業の本社リーダーと新規事業の企画担当を兼任し3カ月毎に新規サービスをリリースする生活を約2年続けました。

新規事業撤退のタイミングで卒業をさせて頂き、ブルードを創業しています。退職した数年後、その事業会社は上場企業に買収されています。

株式会社ブルードを創業して7期目

1つ目の事業はスマートフォン用に最適化されたホームページを飲食や美容室などの個人店舗へ販売することからスタートしました。この事業を始めた理由は市場が大きいからでした。

しかしCMSの開発に失敗をしてすぐに資金は底をつきました。会社と事業の立ち上げは、24時間働けますかという世界です。市場規模だけを見て興味のない事業に走ってうまくいくわけがないことが解りました。

その反省を生かし、現在は思入れの強いアウトバウンド留学事業を開始し毎年2倍成長を続けています。現在は100年ビジョンを掲げ、2100年日本の総人口5000万人社会に向けた移民のインフラ事業を進めています。

ブルードには「世界を代表するボーダレス企業を創る」という会社の存在意義であるミッションと、「ONE WORLD, 世界を一つに」というビジョンがあります。

人種や宗教は違っても、人類は一人種で誕生しています。お互いの個性を理解して協調するように、 お互いの人種や宗教を理解して共存する。世界中の国でシンガポールやトロントのように安全で多様性のある環境を創れたら世界はもっと幸せになると信じています。

ミッションやクレドを掲げている会社は星の数ほどありますが、組織に浸透できている会社は本当に少ないです。ブルードは人の信じる力以上のパワーはないと確信しており、「カルチャーが究極のプロダクトであり競争優位性」だと考えています。

ビジョンドリブンな会社ですので、”世界を代表するボーダレス企業を創る”というミッションに心底共鳴するメンバーと一緒に挑戦を続けています。

ブルードは社会的規模で価値のあるボーダレス企業になります。理念と使命をみて面白そう!と思える方、No1の大手企業に入りたいではなく、自分達で社会的価値のある世界企業を創りたいという想いをお持ちの方、かつ海外が大好きな方はぜひ一度お話しましょう!!

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